新作ネタねっておりますー。
以下書きなぐりでっす。
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「知っている人だったのね」
背後からの静かな声に、ふと口元が緩んだ。情けないと自ら思えるような、自虐的な笑みだ。しかし、今更彼女に隠しようもない。アギラールは振り返らぬまま、月を見上げて告げた。
「仲間だった。同じ船でこの地に来た。同じ日に嵐に合い、同じように囚われの身になった。だが、私はコルテスたちと合流し、あいつはそうはしなかった」
「彼はどうしたの」
「マヤの女に惚れたんだ」
「そう」
相槌の声が直ぐ側で聞こえた。マリンチェはこちらを見ない。ただ同じように月を見上げながら、アギラールの隣に腰を下ろした。
ぱちぱちと、火の爆ぜる音がした。
「ゲレロ」
「それが彼の名なのね」
「ああ」とアギラールは首肯した。屈辱と恐怖にまみれ、絶望と泥の味を噛み締めたあの年月がよみがえる。絶望の中で生きてこられたのは、たしかな友が傍にいたからだ。いつかは、また、エスパニャの地に帰れると信じ、そして誓い合ったからだ。
しかし、契りは叶わなかった。言ってしまえば、ただそれだけとも言える。
「彼は裏切ったのね。祖国を」
「――そうだな」
「貴方は彼を愚かだと思う?」
問われ、アギラールは一瞬口ごもる。しかしすぐに答えは出た。短く、首を左右に振る。
「いや。私とて、そうなっていた可能性は十分にある」
「そうかしら」
「お前がこちらについていなければ、十二分にありえただろう」
アギラールはマリンチェを見た。冴え渡る月光の中、マリンチェの瞳は夜よりなお鮮やかに輝いている。抱き寄せて、口付けた。短い口づけのあと、マリンチェは何も言わずに立ち上がった。数歩歩き出してから、ようやく口を割った。
「おやすみなさい、アギラール。涙するのなら、今宵だけになさい」
そうすることにしよう。口中でだけ呟き、アギラールは自ら友人を殺めた両の手を見下ろした。
月はただ、頭上にある。